何とかしようよニューオリンズ

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現地の状況(10月7日)

ニューオーリンズに“帰宅”してきました。
予想はしていましたが、実際に自分の目で確かめるとなると違いますね。感情的になりました。カトリーナから約6週間経って初の帰宅。ひずんだ玄関のドアをなんとか押し開け、中に足を踏み入れるやいなや、むせかえるようなカビの臭い。マスクをしていてもだめ。眼まで痛くなりました。自宅近辺は約1.5メートル浸水していたようですが、家は少し高くつくられていたため、中はひざ丈ぐらい水が入っていた痕跡がありました。家具はみんなカビだらけ。机の引き出しなんて腐っていて中にいれてあったものが床にばらばら落ちていました。陽心の絵本、おもちゃが散乱し、お気に入りだったテディベアもぐちょぐちょで、拾い上げると真っ黒い水がしたたり落ちます。生後9ヶ月ごろまで使っていた布オムツやカバーも大事に収納してあったのに、箱ごと倒されてめちゃめちゃでした。
自分たちのものならまだしも、子供のものが被害にあうと、悲しみより怒りがこみ上げてきました。高いところに収めてあった書類、少しの洋服、思い出の写真など持ち出せそうなものを運び出し、せっかく借りたトラックの荷台もガラガラのまま、家を引き上げました。掃除をする時間も気力もなく、その日はニューオーリンズと約70キロ離れた州都バトンルージュの間を3度往復し、休憩することなく避難先のバストロップまで夜中に約5時間かけて戻ってきました。

息子は友達にあずけていって正解でした。 汚染されたニューオーリンズに2週間いた友達が病気がちになったともらしていました。市長は住民を戻そうとメディアを通して訴えかけ、水道水も飲めると断言していますが、誰も信じていません。(CNNのレポーターも飲むことを拒んでいました!)
ニュースではニューオーリンズに活気が戻ってきたと報道していますが、それが街全体ととられては困ります。
電気、ガス、水道がとおりなんとか生活できる状態になったのはフレンチクオーター周辺とアップタウンの一部。“ドライ”だった地域だけです。私が車の中から見たアップタウンは、ぽつんぽつんと点る家の外灯、側道に捨てられた冷蔵庫や家具、ゴミ袋の山、色を失った木々…。営業を再開したお店は数えるほどしかなく、そこに人々が集まっていました。市の中心地に入ってみました。フレンチクオーターに隣接するカナル大通りを走ると、ストリートカーはもちろん動いておらず、分離帯にひかれた線路の上には迷彩色をしたナショナルガードのジープやパトカー、それにショベルカーなどの工事用車両がびっしり駐車していました。植樹して間もなかったパームツリーの並木はバタバタに倒れ、茶色く枯れていました。バーボンストリートをのぞいてみると、ネオンがポツポツ灯っていました。夜更けだったせいか、歩行者はほとんどいません。(この日から夜間の外出禁止令が深夜0時〜朝6時になりました)残念ながら車から降りて歩いてみる時間もありませんでした。カナル大通りを湖の方角に向けて走ると、繁華街をすぎた辺りから街灯が消えてしまいました。電気がきてないのです。目指す先は真っ暗闇。私の自宅のあるミッドシティがあります。信号も、家々の電気も灯っておらず、気持ち悪いぐらいに静か。きっと被害の大きかった9thワード(第9地区)も同じでしょう。

赤十字の行ったアンケート結果が14日の新聞に出ていました。
ニューオーリンズへ戻り住んでいる人は約5%。そのうち同じ家に住んでいるというのは5割、その他は家族知人宅に居候、別の住居を見つけたなど。
また今後ニューオーリンズに戻りたい/戻る予定だという人50%。戻りたくない/戻る予定はないという人は40%。後者には戻りたくても戻れない、という人を含みます。
私たち家族もニューオーリンズに新しいアパートを探そうといろいろあたってみましたが、だめでした。何がだめかというと、まず家賃が急騰していて、たとえばアップタウンの1ベッドルームで1ヶ月10万円が普通。カトリーナ以前の約2倍になっているんです。
つまり、貧乏人は帰ってくるな、ということ!? 大きな被害を受け、何もかも失った地域に住んでいたのは、低所得者たちがほとんど。またそれらの地域は、ニューオーリンズという街をユニークにしていた文化・習慣が根付いていたところ。ここに新しいカジノを開く、という再建案があるそうですが、とんでもない話です。

最近、うれしいニュースを耳にしました。ニューオーリンズでセカンドラインが開かれたとのこと。街に戻っていたミュージシャンやサポーターたちが集まり開催したそうです。彼らのような人間がいるかぎり、ニューオーリンズは大丈夫。なんだかほっと安心しました。(ちなみにカトリーナ後初のジャズフューネラルは、ソウルフードの巨匠レズリー・オースティン氏の葬儀でした。)

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