何とかしようよニューオリンズ

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現地の状況(9月3日)

ハリケーンが上陸する24時間前に私たちはニューオーリンズの街を抜け出し夜中に車を走らせること約7時間、同じルイジアナ州にあるBastropという小さな田舎町のくたびれたモーテルに泊まっています。
ニューオーリンズからずっと北西にあり、アーカンソーとの州境はすぐそこです。
家族はみんな元気です。

それでも毎日テレビで流れるニュースを見ていると、いつニューオーリンズに戻れるかも全くわからない状況で精神的に滅入っているのも確か。
安いホテルとはいえずっと泊まっていることもできず、そろそろ次の動きを考えようとみんなで話し合っています。
どこかにアパートを借りようか、というのが第一の案。
いろんな方からアドバイスいただいたように日本への一時帰国も考えますが、もう少しニューオーリンズの様子を見てから決めようと思います。

日本でも毎日のようにニュースが流れていると思います。
ハリケーン上陸前に非難したのは100万人、残ったのは数十万といいます。
車がない、病人がいる、ペットがいるなどの理由で残らざる人も大勢いました。
その内1万人弱が避難所となったスーパードームに逃げ込みましたが、ハリケーン後、電気、ガス、水道、下水はストップ。
状況は改善される方向へ向かうかと思ったものの、湖とミシシッピ川から街を隔てていた防水壁が崩れ落ち、水がどんどんとニューオーリンズに流れこんできたのです。
一度は水の引いた場所が再び洪水に。
街の約8割が浸水してしまいました。
深いところは家の屋根しか見えない状態で、多くの人がその屋根に肩を寄せ合い助けを求めています。
携帯電話も使えないため、救助隊がやってくるのをじっと待つのみ。
運よく助けられ、スーパードームなど救援所へいったん収容されますがそこも地獄。
救援物資はなかなか届かず、トイレも使えず、もちろんエアコンはありません。
家族はばらばらになったままで不安はつのるばかり。

23000人を収容したドームですが、これ以上避難所として使うことは不可能となり、全員テキサス州のヒューストンにあるドームに搬送されています。
避難所に入れない人たち、水かさが高くそこまで行き着けないひとたちはハイウエイにのぼり、日よけのないところでさまよっているしかない。
ニューオーリンズの夏は酷暑。日中35度を超えます。
それもコンクリートの上となると想像をこえる暑さでしょう。
ハリケーンから今日で5日目。暑さと飢えに耐えられるのも限界です。
耐えることができず亡くなった人の死体には毛布がかぶせられそのまま路肩に横たえられています。車椅子に乗ったままの遺体もあります。
水没した家々の周りにも死体が漂い、恐ろしい光景が広がります。死者は数千人になるだろうといわれています。
なんとか生き残ろうとする人々がスーパーから食料・飲料・オムツなどを盗みそれだけなら理解できるのですが、ジュエリーショップまでが破られています。
今日見たニュースでは、ウオルマートから拳銃がすべて盗まれたとのこと。

商店だけでなく一般家庭も強盗に入られているのは想像できます。
ニューオリンズはどうなるのでしょう?歴史、文化、音楽、そして出会った人々の心意気に惚れ込んで住みはじめた街。水は引けても、慣れ親しんだコミュニティは元には戻らないかもしれません。
ニューオリンズの全てが崩壊してしまった今、見切ったように日本へは逃げたくない。この街の人々を信じて、いっしょに復興に関わりたいという気持ちが強いです。

主人と出会い、我が子が生まれた街。いっしょに家族をつくってきた街です。
ただ、自分の意地だけで子供を危険にさらすようなことだけは避けたいと思っています。
長くなってしまいました。ごめんなさい。私と同じくニューオーリンズが好きな人たちが周囲に多いので、現状を詳しく伝えたいと思い、いろいろ書いてしまいました。

私たちは安全なところにいます。毎日、あちこちの教会で食事をご馳走になったり、洋服を譲っていただいたり。町の人たちがあたたかい声をかけてくれ、励ましてくれます。
日本からの声援にも、とても元気づけられています。ほんとうにありがとうございます。また機会をみて連絡します。
みなさんもどうぞお元気で。

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