何とかしようよニューオリンズ

http://www.nantokashiyouyo.net/

非難時の様子

27日「ハリケーンが来るから気をつけて!」アメリカ人の友人にアドバイスされた非常食を用意するためスーパーへ行った、いつもより少し多くの買い物客がいたがそんな緊迫した様子もなかった。
そういえば道すがら、大通りの商店などは窓や扉に板を打ち付けていた。
夜に帰宅しTVニュースを見ていると、片言の英語しかわからないが、何となく昼間よりも緊迫した雰囲気であることはわかった。少し不安になり日本人の友人へ電話する。

「明日のセカンドラインは中止になるのかな?」
「そんなのある訳ないよ!もしまともにHITすれば家は壊れるし、水は溢れるし、電気も水道も電話も止まるし、大変な事になるよ!」
「非難する時は、私も一緒に連れてってもらっても良いかな?」
「良いよ」

そんな話をしている最中に電話が切れてしまい、プリペイドが切れたのだ。
急いでスーパーにプリペイドカードを買いに行ったのだが、スーパーには私が使えるカードが売っていない。 「ともかく、お金は用意しておかないと!」そう判断した私は、銀行へ駆けつけた。しかし今度は銀行の引き出しが出来なくなっている!
家へ帰ってパソコンで調べようとしたら「安全の為にロックがかかっている」と調べられない。 私はパニックになった。
そしてもう一度、彼女に電話し事情を話した。昼間、ハリケーンが来ると聞いた時点でいろいろ準備していれば、こんなことにはなっていなかった。 なのに私は「台風なんて、来るとか言ってのいつも逸れるし」と、とても軽く考えていた。いや、何も考えていなかった。
このままでは、私は彼女の足手まといになってしまう。そう思い自力で何とかしてみると彼女に伝え、アドバイスをもらって電話を切った。
日本領事館に連絡し、どの程度危険なのか、どうする事が最善かアドバイスを求めた。
ハリケーンの規模については、過去40年の中で最大らしいが来て見なければ分からない、とのことだった。 対策としては、

1.バスか列車で他の街に避難する。
2.スーパードームがシェルターになるのでそこへ避難する。
3.水や食料の確保が出来ているならば、ここに留まる。

この3つを提案された。 その方は、今の所はここに留まるつもりだとおっしゃったので、私も留まることにした。
全く知らない街へ、何の知識も持たずに行く事が怖かったことと、スーパードームは本当にお金のない人が避難する場所だろうから、多少なりとも避難するお金のある旅行者が、そこへ甘えるのはダメだと思った。
急いで、水と食料を買い足しにスーパーへ行ったが、ほとんど閉まっていた。やっと見つけた店で買い物し、自宅へ戻る。
しかし午後になると、領事館の方が訪ねてきて、直撃した場合水かさが4から8メートルになる事を告げられ、ホテルへ避難することを決断した。
領事館の方の車で何軒ものホテルをまわり、ようやく小さなホテルに入ることが出来た。
しかし、もし8メートルもの水が溢れた場合、ここも安全ではない。どんどん不安が募る。
ふと、大事な物を忘れた事に気づき一人歩いて自宅へ戻った。 賑やかだった街は閑散としている。 タクシーはおろか、車もあまり通らない。
虚ろな目をして歩く人。 そして、いつもと同じように、空き缶を集める人。 おそらく彼は自力で逃げるすべが ないのであろう。
車の少なくなった通りには、替わりに軍のジープが走っていた。
空はさらに暗くなり、突風が砂埃を舞い上げる。
水や電気が止まり、街が浸水するのを想像した。テレビが見れる状態にある今でさえ、自分の英語力では情報収集がままならないのに、それが途切れたら自分はどうなるのか?
私はここで死ぬかもしれない。生まれて初めて、自分に死が迫り来るのを感じた。
泣き叫びたい衝動に駆られる。しかし、泣いている場合ではない。
街をでなければ、死を意味する。
領事館方に再度電話をした。もし、まだ街に居て脱出する予定なら、私も連れて行ってください!私は電話口で叫んでいた。
それ以外、私が街を出る方法は、もう他に残されてはいなかった。
幸いまだニューオリンズにおられ、ご好意で一緒にューストンへ連れて行って頂けた。本当に精神的にギリギリで 、死ぬかもしれないと言う思いから救われた安堵感でいっぱいだった。
大粒の雨が急激に降り始め、雷が何度も鳴りき、ハイウェイは避難する車で大渋滞だった。
街を出る直前、大粒の雨が急激に降り始め、雷が何度も鳴り響いていた。ハイウェイは避難する車で大渋滞だった。
13時間後の29日の朝5時、到着したヒューストンは、避難を求める人で13時間後の翌5時、ホテルは何処も満室だった。
領事館職員のある女性のご好意で、2ベットの部屋にシェアで泊めてもらう。
テレビのニュースで上陸直前に東へずれ、直撃は免れた事を知る。最悪の事態は避けられた。 ここで何日かがんばれば、ニューオリンズに戻れる、そう思っていた。
しかし、31日朝刊を見て愕然とした。
堤防が決壊した為に街中が水没し、屋根が見えなくなる程浸水している地域もある。
フレンチクオーターも腰まで水が来ている。スーパードームへの避難者もどんどん増えている。旅行者がノコノコと戻れるような状況では、とてもない。
今の私には、日本へ戻る以外、出来ることは何一つない。すぐに日本へ帰る決心をした。

もし、あのまま街に残っていたら?
あの暴動の中で日本人女性が一人で、とても無事でいられたとは思えない。街の多くの人は優しく暖かい。
それが、あれだけの暴動になるとゆうのは、それだけ皆ギリギリに追い詰められているのだと思う。
また再び、あの暖かいたくさんの笑顔に出会える日が、一日も早く訪れますように。。

何とかしようよ.net